先日、昔長く勤めていた会社のOB会に呼んでいただけた。
私は大阪市出身で工業高専を卒業するまで大阪にいて、同窓会の案内をいただいても出席できなかったので出席したことが無い。編入学した東京の大学は中退したので私が所属できる同窓会が無い。つまり同窓会的な会合に出たことが無かった。今回は10年間勤めていた会社の同窓会的な感じがして、呼んでいただいただけでもうれしかった。
いざ出席してみると、展示会などで何回かお会いした方々以外のほとんどの方とは、私が退職して以来の再会であった。お互いに20年以上のブランクがあったが面影はそのまま、面影だけではなく話した感じも昔のままのようであり、なんだかタイムスリップした感覚を感じた。
しかしながら我々ももう年頃だ。尊敬していた当時の社長はとうの昔に亡くなっており、そのほかやはり病気で亡くなった方々の話題も出た。ここにいるのは元気な者だけだという現実を思い知らされた。
会社を去ってから今までの経緯説明が「自己紹介タイム」に各自から披露されて、皆の現況も知れた。定年に達していない方々は会社が変わっても外資に勤めている方が多いような気がした。定年を過ぎてもマネジメント能力や英語力を買われて今でも勤務している方もいた。
二次会が終わって帰る列車の中で、ふと自分自身がこれからどのように生きるべきなのかとの哲学的な考えが浮かんだが、結局なるようになるのだろうと考えをまとめた。これは「なるようになれ」との投げやりではなく、「流れに逆らわず乗り切る」との意味だ。楽しい時間は永久には続かなし、苦境も永遠に続かない。淘汰されずに生き延びてやる、との意気込みである。
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