見積り仕様書

*本編は完全なる創作物です。登場人物や地名、組織名などはすべて空想上のものであり、仮に現実に合致するものがあったとしてもそれらとは何ら関係がございません。

 エヌ氏は画像処理システムを採用した「自動検査装置」などをこれまでに数多く開発してきた。職務発明だけではなく個人的な特許も複数所有していた。そしてエヌ氏がジェイ商事に転職してきて最初に受注したものは、ジェイ商事の商品ではなくエヌ氏が開発製品化した「粒度分布測定システム」だった。

 当時より前にディーゼル機関の排ガスを究極的にクリーンにするシステムがドイツで発明され日本で量産実用化した。彼らのディーゼル機関はクロスライセンスによって世界中で採用されることとなった。そして彼らのディーゼル機関は従来のものよりも高圧で燃料を爆発させるためにインジェクタにはより高圧がかかるようになり、その穴が詰まることは機関の重大な故障原因となった。これを回避するべく燃料が接するすべての部品の清浄度を測定することを自主検査とした。これはドイツも日本も同じだった。燃料が接するすべての部品を特殊な液体で洗浄し、その洗浄液から濾別される「コンタミネーション(異物)」の粒度分布を自動測定するものであった。インジェクタの穴は非常に小さく、特に金属異物の発見は見逃しが許されなかった。現在このシステムはディーゼル機関だけではなくガソリンエンジンにも採用されているらしい。

 この「検査装置」はドイツではドイツの企業が、日本では日本の企業が開発して納入していたが発展途上のものであったため、いくつかの企業が「検査装置」を開発して彼らに売り込んでいた。以前エヌ氏が開発したものもそのようなもののひとつであったが、日本側メーカーのディイ社が複数セットを採用した実績があった。エヌ氏が開発したものはエヌ氏が特許出願していた。

 前置きが長くなったが、つまりエヌ氏がジェイ商事に転職して最初に受注したものがジェイ商事の商品ではなく、エヌ氏が開発したディイ社向けの「検査装置(粒度分布測定システム)」だった。エヌ氏が所有していたデモ機でディイ社の人たちへ装置説明と機能実証をしてから装置への「要件」を話し合ってシステムの仕様を決定した。この仕様をまとめて「見積仕様書」としてディイ社から承認をもらってから受注することとなる。よってまず見積仕様書と見積書をディイ社に提出する。

 エヌ氏が見積仕様書を完成させてからジェイ商事社内の承認を受けようとしたとき、見積書の承認をする上司であるワイ氏が「俺が見てやる」と、言ってきたので、エヌ氏は見積仕様書をワイ氏へ提出した。

 ワイ氏は一通り見積仕様書を読んだように見えたが最初の指摘は「エヌ君、仕様書というのはワードではなくエクセルで作成するものなのだよ。こんなものは体裁がまず間違っている。書き直し。」だった。エヌ氏が納得しないながらも見積仕様書をワードファイルからエクセルファイルへ移植し完成させてワイ氏へ提出した。

 ワイ氏は、再度見積仕様書の内容を読んでいるようなそぶりを見せた後、こう言った。「エヌ君、表紙に記載のジェイ商事の電話番号(Tel.)とファックス番号(FAX.)の表記には点(ピリオド)をつけるのは間違いだ。」エヌ氏はこう応えた。「どちらも長い単語を3文字に短縮するという意味でピリオドを付けるという表記方法です。なくても伝わりますがつけたからと言って間違いではありません。むしろつける方が正しい表記です。」と。

 するとワイ氏が激高してこう言った。「君はこの会社に雇われてるんだからこの会社のルール(オレのルール)に従えばいいんだよ。くちごたえをするな。ジェイ商事の会社概要冊子を見てみろ。」

 しかし10ページ超の会社概要冊子に記載されている本社およびすべての営業所の電話番号とファックスの表記は皆、”Tel.”と”FAX.”だった。

Views: 10

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


上部へスクロール