責任の所在

 筆者は運動不足解消のためにスポーツジムと契約していて、少なくとも週に一回は通うようにしている。以前は気合で週三回とか行っていたが最近は週一回だ。この週一回を堅持するべく自分自身への義務としている。「プールが自分を強制させている。自分はプールの奴隷である。」と。

 週一回に行くこのプールと同じビル内にレストラン街があって、プール後ジムに備わっているサウナやジャグジーの後の筆者の夕食場所である。行く店も席も決まっている。

 いつもオーダーするメニューもほぼ決まっていてそれにはドリンクバーがついている。ティーバッグの数種類のお茶が飲めるのが良いところだ。筆者はカモミールティーバッグをカップに入れて熱湯を注いだ。注ぎ終わってから注意してカップをもって自席へ戻ろうとしたところ、店内で奇声を上げて走り回っていた未就学児と思われる男児が筆者とぶつかりそうになった。

 筆者はとっさに熱湯が入ったカップを男児とは反対側に持ち直しながら男児を避けた。その結果何事もなく終わったのだが、席に戻ってからしばらく考えてしまった。

 もしも男児が筆者にぶつかっていたらどうなったのだろう、熱湯が男児にかかったどうなったのだろう、男児が顔などに広範囲の重度熱傷を負っていたらどうなっていたのだろう、と。

 男児の母親と思われる女性がまるで無関心に男児の傍らで自分用の飲み物をドリンクバーで選んでいた。彼ら家族ととその仲間達と思われる集団が10人くらい一塊となって座っている席は筆者の席から直視できる。ここは日本でありしかもレストラン店内だからと言って何も起こらないという保証はない。今は何事も発生しなかったから問題はないが、ヒヤリハット300件に一件の割合で重大事故が発生するとも聞く。件の男児は野放し状態でいつかきっと重大な事故に遭遇するかもしれない、しないかもしれない。遭遇したら本人も痛い目を見るだろう。しなかったらそのまま「傍若無人でよい」という学習経験をした大人が誕生するだろう。どちらにしても本人にとっては不利益なことだと思う。

 結局親が教えてあげるしかないのだと思う。お店側は迷惑だから気付いたら注意するだろうけれど、事故が発生してからではないと強く言えないと思う。筆者は全くの部外者だから他人の子供の教育をしてやる義務は当然に無い。しかし昭和時代だったら男児を公然と叱っていたことだろう。自分の子供を教育するように。

 と、いろいろ考えた結果、店員さんに事実の報告だけをすることにした。店員さんと話をする理由にもなるから。

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