*本編は完全なる創作物です。登場人物や地名、組織名などはすべて空想上のものであり、仮に現実に合致するものがあったとしてもそれらとは何ら関係がございません。
エヌ氏は、エイ氏、ビイ氏とともにとある展示会の見学に来ていた。ここでは1500社が出展しておりジェイ商事は「日本で販売されていない、しかし日本のニーズに合致したメーカー。」を探し出す任務のために、遠路はるばるニュルンベルクまで来ていたのである。そう、任務は「メーカー探し」である。重要なので2度書いた。会期は1週間であり滞在見学に許されているのは3日間。よって予めめぼしいメーカーをチェックして、質問事項や見学のポイントなどをエヌ氏はまとめてから出発した。
英語が全くできないエイ氏は輸入部署のビイ氏とともに見学することとなった。展示会場は広く出展社も多いので、二手に分かれての見学だ。ジェイ商事では従来、輸入部署の英語ペラペラ社員がほかの社員を引率して団体で見学する。目的がご褒美旅行だからだ。
エヌ氏は初日に最もめぼしかったメーカーのブースへ行き、質問攻めにしていた。ソバージュにスーツ姿の出展社男性社員は的確な回答をエヌ氏に返し、エヌ氏はこのメーカーだけでも代理店権を取れたらこの出張は成功だと考えていた。2時間近くをこの出展社の見学にだけ費やした。
ほかのめぼしい出展社を見学したが、事前情報では不明だった日本代理店がすでにあったり、ジェイ商事では販売するのが困難なメーカーだったりして、やはり最初のメーカーが最も有力であった。残りの750社近くを気合で見学してエヌ氏は3日を費やした。
さて先述のメーカーについて言及しなければならない。ソバージュにスーツ姿の出展社男性社員が立って説明してくれた会社は、フランスはボルドーに所在する「自動検査システム」のメーカーである。ここではエフ社としておこう。エヌ氏が特に着目したことは、このエフ社のシステムが「搬送中の錠剤質量を精密に測定できること」であった。日本の薬局方(やっきょくほう)はヨーロッパの薬局方や米国の薬局方と同じであるため、このシステムがヨーロッパで受け入れられているのであれば、日本でも販売できる。搬送途中(移動中)の物体は慣性質量が計測されてしまうために静止質量を測定することが極めて困難だと思われるのに、このエフ社のシステムはそれを精密に自動実行する。ほかにも薬剤を測定、検査するシステムを製造販売している。ジェイ商事が日本における製薬会社への販路が多いことを考えるとエフ社はうってつけの仕入れ先なのである。しかもこの会社のシステムは多くが自動操作で測定や検査を実行する。画像処理システムなんかもある。「自動制御された測定や検査システム」について造詣が深い者はジェイ商事でエヌ氏だけであるため、エフ社との日本独占販売権を取ることができればエヌ氏が担当営業となり、売り上げもエヌ氏のものに。エヌ氏は皮算用してニヤついていた。
エヌ氏がエフ社のブースを訪れて、ソバージュのエフ社部長から最後にこういわれた。「非常に興味深いお話をありがとうございました。弊社ではEU域外への営業は考えたことが無かったので、社長の判断を仰ぎます。でもきっとジェイ商事との販売契約を推進するでしょう。社長は2日後にブースへ参りますので、その時にまた改めてお話を聞かせてください。」と。
エヌ氏もこのように返した。「私は一営業マンであり、輸入販売部署の者が代理店契約の窓口をいたします。ちょうどその者が別行動しておりますので、社長がいらっしゃる2日後に連れて参ります。」と。この時に両者は互いに皮算用をしていた。
2日後、ジェイ商事一行にとっては最終日の最後に、ジェイ商事一行はエフ社のブースを訪問した。訪問したのは夕方。最後の訪問ブースだった。輸入部署のビイ氏を連れてエヌ氏はエフ社のブースへ行った。
ビイ氏はあいさつもそこそこにいつもの会社概要説明紙芝居をしてから、エフ社社長の名刺を受け取ったことだけに満足して帰ろうとしている。この一方通行なビイ氏の説明に対してエフ社社長をはじめビイ氏とエイ氏以外の全員が驚きながら、社長は何かをビイ氏に質問しようとしていた。エヌ氏がビイ氏を引き留めて社長に対応するように話したがビイ氏はそれを無視した。ビイ氏にとっての最重要な仕事は「代理店契約できる有望メーカーと直接交渉すること」と、エヌ氏は考えていたため、この無礼なビイ氏の振る舞いに何らかの計算があるのかとも考えてしまった。輸入部署の担当者が帰るというのでエヌ氏はエフ社の人々にビイ氏の無礼を謝罪して、ブースを後にした。
展示会場からホテルへの帰路にて、エヌ氏はビイ氏になぜあのような無礼なふるまいをしたのかを問いただした。ビイ氏の答えはこうだった。「外国メーカーの人間は日本で販売できることに食いつくものなんですよ。こっちから頭を下げる必要はありません。社長の名刺をもらったから日本に帰ってからメール一本で代理店契約が締結できますよ。それよりも4時半に締まる何とかトール(門の遺跡)を見学に行きましょう。早く。」と。
エヌ氏は心から愕然として、彼らと一緒に遺跡見学へ行く気になれなかった。「お前ら何しに来たんだ。」と憤慨した。今から一人だけでももう一度エフ社のブースへ行って代理店交渉をするべきなのかもしれない。しかしもしかしたらビイ氏の言うとおりになるのかもしれない。この時にエヌ氏は判断がつかなかった。
ビイ氏は帰国してからすぐにエフ社へメールを出した。エヌ氏達にはその内容が知らされない。輸入部署以外の人間が直接外国メーカーと通信することを禁止されているからだ。過去に有望メーカーを担いで代理店権を浚っていって退社して、日本法人を作った人が何人もいるからとのことだった。輸入部署の社員は全員がオーナー社長の信任を得ている。
数日してからエフ社社長からの回答メールが来たとビイ氏から知らされた。その内容はすごく丁寧でありしかし有無を言わせないものだった。内容は次の通りである。エヌ氏の皮算用は音を立てて崩れ去った。
「フランスのはずれのワインしか有名ではない田舎町ボルドーに所在する弊社のシステムを、ジェイ商事が日本国中で売ってくれるというありがたいご提案をいただきましてありがとうございました。しかしながら私たちは保守的で臆病なのです。1万キロも離れた異国の地での自社システムの販売に興味が無いわけではございませんが、そのタイミングは今ではありません。」
有無を言わせない上手な断り方であった。現在エフ社は58カ国以上(売上高の95%は輸出)に自社システムを販売している。
Views: 0
