前回、英会話教材セットの話を出したので、思いついたことを記述する。
ピーターフランクルというハンガリー人がいる。私が若いころに彼の著書を読んだが、彼が最初に習得したのはドイツ語だったとのことだ。彼の家族は夏季休暇にオーストリアの別荘地に行って過ごすのが習慣だったらしい。ある年、ピーターの別荘のお隣さんが若い未亡人だったらしく、彼女と親密になりたい中学生のピーターは必至でドイツ語を学んで習得したという。
私が最初に勤務した会社では、上海出身の中国人2名が正社員として勤務していた。当時の中共では自由に出国することはできず、受け入れ先の会社などが身分や給与を保証することを証明しなければならなかった。当時の勤務先会社のオーナー社長は「優秀な人材を安価に雇用できる。」と考えて積極的に優秀な中国人を雇用していた。(当時中共の物価は日本の物価の20分の1くらいだった。)2人とも上海でトップの大学を卒業し、一人は日本でも大学を卒業している。しかしながら、二人とも日本語も英語も流暢に操るのだ。日本に初めて来たという私の1歳年上の人に、どのように語学を習得したのかと質問したら、その動機は我々には思いもよらないほど強かった。上海は中共の中でも先進的な地域であり、上海に生まれたというだけで中共のエリートなのだという。しかし、日本はもっとすごいと日本留学経験の彼から聞いて、日本に行きたいと渇望したとのことだった。上海は昔から外国人が多く居住する都市であり、練習相手の外国人を探すのには困らなかったらしい。そして彼女は日本語を習得した。身長が高くスタイルがよくて秀才、努力家、長い黒髪がきれいだった童顔の彼女が日本語習得のための教師を探すのには苦労しなかった可能性は高いと思う。私も彼女を同行させて営業に行くとお客様からよくうらやましがられたものだ(平成一桁年の時代)。社用車の中でも業務以外の会話もたくさんした。(私は彼女に触れたことすら、タダの一度もなかったことを強調しておく。)
話がそれたが、主メッセージは強いモチベーションがあれば外国語を習得することは十分に可能であるということだ。
次に私が外国資本の会社に合計20年程度勤めていた時の私自身の経験則である。私は学生時代から外国語が苦手だった。しかし興味はあったので第二外国語(ドイツ語、ロシア語)は今でも読めて発音できる。(意味は分からないことが多い。)中学1年生で初めて接した英語の成績は学年トップクラスだったが、2年生3年生の時の英語の教師と合わず、英語は偏差値50くらいで中学を卒業した。この時に英語への苦手意識が醸成されたと思う。そんな私が26歳時に転職した先が当時ドイツ資本の会社で私の担当は英国Cambridge工場の製品だった。前回記述した通りなのでここで言いたいことを簡単に記載すると「必要に応じて英語力は上がる。」である。
ここからは私の持論である。証明などない、ただの経験則だ。
まず英語はすべての日本人が中学校で3年間も、ほとんどの人がさらに高校で3年間、さらに半数の人々が大学で英語を学ぶ(使う)。中学校で3千語、大学受験では英単語を6千語くらい憶えるという。つまり下地ができている。後はひたすら毎日練習(使う)だけで習得できる言語だ。他の言語よりも習得が容易だ。「単語を覚える」「聴く」は重要で必要なことだが「しゃべる」も必須。この練習は電車通勤中などにはできないため、実際にしゃべるのが苦手な人が多いのだと思う。現代ではウェブ会議形式で安価に英会話の相手になってくれる人が世界中にいるので昔よりかは良い環境だろう。文法や単語や表現が間違っていてもよいので発音する練習が非常に重要である。しかも毎日実行。
ピーターフランクルが著書の中で披露している彼なりの外国語取得方法の一つが「普段から習得したい言語で考える。」だった。独り言もその外国語で行う。彼はその方法で複数の外国語を取得したそうだ。毎日使うという観点では非常に有効だと私も思う。
今思うと中学校は義務教育だからなのかアメリカ英語を教えていたと思う。苦手だった中学2,3年生の時の英語教師が、アメリカ英語が絶対的に正しくそれ以外は間違いであると教えていた。私が初めて英国Cambridgeへ出張した時に現地のマネージャーの一人がoftenを[ˈɒft(ə)n]と発音していたので飲み会の時に「我々は[ˈɒft(ə)n]は間違いで[ˈɑːf(ə)n]と発音するように学校で習った。」と伝えたら、「英語は我々の言語だ。間違いではない。いや、私の方が絶対に正しい。」と、落ち着きながらも結構激高された。その時が初めて私が英国を本当に感じられた瞬間だった。今考えてみると、外国人が母国語ではない言語を教えていてそれが正しいと外国人が信じていたと発言したら、「何言ってんだコイツ?」と思うことは当然だ。また、アメリカ英語は世界中で通じるようだが英国では元祖英語を使うのが当然なのだから、彼は哀れなアジア人である私に真理を諭そうとしたのかもしれない。(元祖英語も当然世界中で通用する。)
初めての英国で私が憶えている衝撃を受けたことは、liftのことを決してelevator(現代のエレベータの基礎の発明はアメリカ人)と言わず、elevatorと私がいうとliftと言い直される。また、soccerのことを決してsoccerと言わずfootballと言う。しかもsoccerと発音すると必ず説教される。彼らによるとelevatorもsoccerもアメリカ人しか使用しないという。アメリカ以外では使用しないということはカナダもオーストラリアもニュージーランドも南アもであるが考えてみると彼らの国家元首は現在でも形式上は英国国王だから当然か。カナダ以外車は左側通行だし。英国に近いヨーロッパの各国は元祖英語もアメリカ英語もどちらも通用する感じだ。さらにアジアのピジン英語も通用することも多い気がする。英国人もアメリカ英語を理解はしているが元祖英語の国なので自分たちの正当性を主張したいのだと思う。私もその考え方に完全同意しているので、極力イギリス英語を使用するように努めている。また、アメリカ英語は聞き取りにくく発音しにくいと私は感じている。少しずれるがフランスでは英語で問いかけると必ずフランス語で返答される。(経験則)
3個前の会社でドイツでの展示会に「日本代理店が無い優秀な製造業者を探索する業務」のために何回か行った。その会社での本来の出張目的は「慰安旅行」であり、輸入調達部門の社員が出張者様御一行を引率して塊になって各出展者ブースを訪れるというスタイルだったが、まじめな私は予めめぼしいメーカーをリストアップしておきひたすら一人で回るということをしていた。その時の印象だが出展者は現地企業が多かったからか、私がアジア人だから(ゆっくりしゃべってくれる)なのか彼らの英語は非常に聞き取りやすかった。人によるが英国人やアメリカ人はあまりそのような傾向が無いように思える。
2個前の会社では直属の上司が外国に居住する外国人であり、社内でも普通に英語が使用されてる環境だったので、必然的に私の英語力も向上したと思う。ベルリン出張では簡単なドイツ語は分かるが全部英語を使用、それが2週間続いたので結構理解が深まった。1回目のベルリン出張の時には帰国の便に搭乗する前に土産店でトラブルにあったが、完全に英語でやりあえた。
(支払いに50ユーロ札を出したら、レジの店員はお釣りを少なく渡してきたので、「今私が渡したのは50ユーロ札だからお釣りが30ユーロ足りない。」と、言ったら「20ユーロ札しかもらっていない。」と、店員は主張した。私は監視カメラの映像を確認するように依頼したがそのような物はないのでマネージャーを呼ぶという。ここまでのやり取りを英語でしたが店員は非常に激高していて周囲の同僚に助けてくれと言わんばかりの視線を向けていた。あと私にはわからないと思ったのか、同僚同士で私のことをドイツ語で差別的な表現をした。
しばらくしてやってきた若く見えるマネージャーは「ドイツ語がいいですか?英語がいいですか?」と聞いてきたので、「英語でお願いします。」と、返答した。件の店員から聞いた内容を私に確認(50ユーロ札を私が出したと主張し、店員は20ユーロ札を受領したと主張していること)し、これから彼がする作業(レジ内のすべての現金を計測すること)を説明した。彼はレジにあるすべての現金を機械も使わずに数え始めた。1時間くらい経過後に「記録されている金額とレジ内の現金との差額が30ユーロ(きっかりでではないらしかった)であるため、あなたの主張は正しいと思います。」と、事務的に言われた。私は彼が計測結果を正直に伝えてくれたことに感謝した。下手したら冤罪でお縄になるところだったからだ。しかし彼はドイツ人らしく忠実に役目を果たした。
私は「店員が間違っていて、人を疑って、証明のために1時間も待たせたのに、私に言うべきことはそれだけですか?」と聞くと彼は「店員も長時間の立ち仕事で重労働なので疲れていたのだと思います。」と言う。店員をかばって私への謝罪はなかった。最後に私が買いそびれた紙袋をくれと言ったら、1ユーロですと言われたのでそのまま購入した。これは3年前の話だが2回目に行ったときにブランデンブルク空港は立派に全面改装されていたので、監視カメラも設置されたことを切に願う。この時には土産屋にはいかず、乗換先の空港で土産を購入した。)
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