私がハンドヘルドXRF元素分析装置の営業となったときに先輩に同行したり装置の説明書を何度も熟読したりしたけれど、本質的なことは何も理解していなかった。正直「こんな装置で本当に分析できるのか?」とさえも思った。取得された特性X線スペクトルをみてどんな元素がどれくらいの比率で含有されるのかなんてわかるわけがないと思った。なぜなら試料に含まれる水分などハンドヘルド機では測定できない成分は当然不明だし、試料が粉体や粒体だったら空隙率も加味しなければ本当の重量比率なんて測定できないからだ。だから私は少なくともXRF元素分析の基礎になるかと思い厚労省の「エックス線作業主任者免許」を取得するため自費で学習し、免許を無事に取得した。これにより、それまで漠然としていた放射線被曝について十分な知見を持つようになって、機材の取り扱いについての安全面の説明を自信を持ってできるようになった。
「 取得された特性X線スペクトルをみて、試料中にどんな元素がどれくらいの比率で含有されるのか 。」について本当に理解をできるようになったのは、私がブルカーBNA(ベルリン)で2周間にわたる「全反射XRF元素分析装置の講習」を2回受けてからである。当然、講習(研修)の参加前と後で日本に設置されているデモ機で何度も測定操作を自習した。余談だがこの自習期間では昼食は学食にて早々にすまし、夜は終電前まで実験を続ける日々が続いた。この年になって遠くなった学生時代を実感した。
この装置では測定時に参照される「添加標準試料」によって測定結果を補正するため、添加標準試料の量が極めて重要であり、計算を間違えた量を添加して測定実行してしまうとその結果は当然使えない。試料作製と測定にかけた膨大な時間が無駄になるのだ。まるで卒論のためのデータを採る実験をやっているかのような、学生時代に戻ったかのような気分になる。実際にデモ機を大学に置かせていただいていたし。
取得された特性Ⅹ線スペクトルでは、元素が異なるのに重複するように見えるエネルギー(波長の逆数に比例)がいくつも存在する。全反射XRF元素分析装置の測定結果の読み方で苦労したのはヒ素と鉛の重複である。この時は血中のAs濃度とTl濃度を測定していた。致死量はそれぞれ50ppbと100ppbだったような気がする。しかしAsとPbの特性Ⅹ線は極めて近く、スペクトルの読み方に注意を要する。
ヒ素 (As) Kalpha: 約 10.53 [keV]
鉛 (Pb) Lalpha: 約 10.55 [keV]
私は最初のデモの時にこのことに気が付かず、Asが含有されていない試料にこのピークを発見したため、Pbが含有している試料とは知らず、失敗した。Pbが含有されているか否かはPbのほかのピークを見つけられるとよいのだが、その時はわからなかった。よって2回目の研修に行って、確実にAsとPbを区別できるようになった。
XRF元素分析では、物理的および科学的なピークシフトが存在するため、このことも考慮しなければならない。自然元素数が数十、それぞれの特性Ⅹ線の数はその原子番号の総和、実際に分析に採用される特性Ⅹ線はそのすべてではないけれど各元素で1~3ないし5本のピークを分析に使うとすると、結果として膨大な数の特性Ⅹ線ピークを分析しなければならないため、装置ではこの作業を自動化している。人間はその自動分析結果が妥当かどうかを判断する必要がある。
ハンドヘルド装置は、用途が「合金種別判別」「有毒元素含有判定」「試料中の含有元素分析」であるため、重元素でも数ppmの検出限界値である。よって、サッと短時間に簡単に誰でも測定できる。よって原理が同じ各メーカーの製品間では性能に大差が無いといえる。ではメーカーによる差異は何なのか?次のことが挙げられる。
*分析の性能
・Ⅹ線管球の性能
・検出器の性能
・試料にⅩ線を照射する条件、検出器で蛍光Ⅹ線を取得する条件
・取得されたデータの処理方法
*分析以外の性能
・カメラ
・本体と接続されたPC上で動作するデータ処理ソフトウェア
・価格
・ブランド
・原産国
*メーカー間の差異が無い原理による性能、特徴
・空気中で測定する前提のため、Na以下の原子番号の元素を測定できないこと。
・漏洩Ⅹ線が存在し、被ばくの可能性が存在すること。また正しく操作すれば完全に安全であること。
ほかにもあるだろうけれど、主たるものは以上だ。
長くなったので次回以降にこれらを解説する。
